オリバー・ストーンが中南米の政治変動に取り組んだ新作『国境の南』 前編

2010/6/21(Mon)
Video No.: 
1
30分

つい先日(10月27日)アルゼンチンのネストル・キルチネル前大統領が心臓発作で亡くなりました。90年代に極端な新自由主義路線を突っ走って経済破綻したアルゼンチンを、財政再建を迫るIMFの干渉をふり払った経済重視の政策で見事に立ち直らせた英雄です。クリスティーナ夫人に大統領職を預けている形で実質的には政治の中枢にいる前大統領の急死で、中南米諸国に大きな衝撃が走りました。

ブラジルのルーラ、ベネズエラのウゴ・チャベス、ボリビアのエボ・モラレス、エクアドルのラファエル・コレア、パラグアイのフェルナンド・ルゴなど、南米諸国の大統領たちが、訃報を受けて3日間の喪に服すと発表したそうです。中南米の指導者の間には今、1820年代の独立革命以来といわれる強い結束が生まれています。

でも、この中南米の大きなうねりは、米国のメディアに無視されたり、歪曲して伝えられています。オリバー・ストーン監督の新作ドキュメンタリー『国境の南』は、南米6カ国の7人の大統領に直撃取材を行い、南米大陸を席巻する革命のほんとうの姿を伝えようとするものです。

ストーン監督にとって、中南米ものはこれが四作目です。1980年代半ばのエルサルバドルの恐怖政治時代を取り上げた『サルバドル』、カストロ時代のキューバに取材した『コマンダンテ』と『フィデルを追え』などを作ってきました。その流れでチャベス大統領とも会い、悪魔のように報道されているのとは全く違う気さくな人柄を知って親しくなり、彼のすすめで他の南米の改革派大統領たちとも話すことになりました。やがて分かってきたのは、彼らが一つの理念で結束していることです。こんなことが起きたのは1820年代のシモン・ボリバル以来だと監督は言います。

新指導者たちは気さくで国民大衆のためにいっしょうけんめい働きます。彼らは民主的な選挙で選ばれて、自国民に忠誠を誓っているからです。それなのに米国は改革派指導者を敵視し、せっせと分断を図っています。これまでも民主化を掲げた指導者は出てきましたが、アルゼンチンのアジェンデ大統領、パナマのトリホス将軍など、すべて米国の暗躍で殺されてしまいました。一つの理由は、彼らの改革は孤立していて周辺諸国からの同情や支援がなかったことです。それどころか隣国の民主化をけん制する親米政権に囲まれていたのです。でも現在は改革派諸国の結束は固く、最近のエクアドルのクーデター未遂事件のように、そうそう簡単には改革派政権を転覆させることはできません。

そのエクアドルのコレア大統領は、国内の米軍基地(マンタ基地)の撤退を公約にして当選した人物です。インタビューでも言及していますが、米軍への軍事協力の強要は主権侵害であり、自国の安全を脅かすものだという世論を背に、米国の圧力をものともせずに基地貸与協定の更新をきっぱり断って撤退させました(後半のビデオの最初で語っています)。従来ならこんな政権はクーデターで倒されたでしょうが、今回はそうはいきませんでした。国民の支持に加えて、周辺諸国の結束があったことが、これまでとは異なるところです。

日本の政府も米軍基地の縮小や撤退には及び腰ですが、周辺諸国との連帯というのは、一つのヒントかもしれません。 とにかく、現在の日本の状況を認識する上でも、将来の展望を探る上でも、中南米諸国の動向は大いに注目されます。(中野)

*オリバー・ストーン(Oliver Stone) アカデミー賞を3度受賞した映画監督、脚本作家。20本以上のハリウッド映画の名作を作っている。ベトナム戦争の従軍体験を踏まえた『プラトーン』、『7月3日に生まれて』、米国大統領を描いた『JFK』、『ニクソン』、『W.』、金融業界を舞台にした『ウォール街』、中南米を扱った『サルバドル/遥かなる日々』、『コマンダンテ』。新作は中南米の変革を扱うドキュメンタリー映画South of the Border(『国境の南』)。

*タリク・アリ(Tariq Ali) パキスタン系の英国の政治評論家、歴史家、活動家、映画作家、小説家、『ニューレフトレビュー』の編集者のひとり。著書は20冊を超える。映画South of the Borderの脚本を監督と共同で担当。中南米については、『カリブの海賊 希望の枢軸』を書いている

Credits: 

字幕翻訳:小椋優子 /校正:大竹秀子
全体監修:中野真紀子