ゆらぐ米国中心の中東地域体制 ラシード・ハーリーディ
コロンビア大学で中東現代史を教えるラシード・ハーリーディ教授が、エジプトとチュニジアの民衆蜂起が中東全体に与える影響について語ります。ハーリーディは2010年秋、米コロンビア大学が毎年開催しているエドワード・サイード記念レクチャー・シリーズで行なった講演で、「米国の中東政策を決定する政治プロセスがもたらす結果についての短期的な見通しは深い悲観論であり、パレスチナ・イスラエルの状況についても同様だ」と述べました。
いつかはよくなると信じるが、パレスチナ人にとって状況はきわめて深刻だとハーリーディは感じていたようです。それは彼に限らず、多くの識者や活動家たちが共通してもつ認識であったと思います。
その数カ月後、エジプト蜂起がそれを変えることとなりました。アラブ諸国の中心的存在エジプトの既存体制が揺らぎ始めたからです。いわゆる和平プロセスによってではなく、これまで権力者に牛耳られてきた人々の蜂起がパレスチナ問題の方向性を変えるのではないかという期待が一気に高まりました。
現代のエジプトとパレスチナの関係で大きな意味を持つのが、1978年カーター米大統領の仲介でエジプト・イスラエル間に成立した和平合意(キャンプ・デービッド合意)です。この合意には周辺諸国のすべてを含む包括的な中東和平構想もふくまれていましたが、実現したのはエジプト・イスラエル間の単独講和だけでした。これによりエジプトの脅威がなくなったイスラエルはレバノンに侵略し、パレスチナ解放機構(PLO)の拠点を壊滅させることができたといわれます。エジプト政府は、イスラエルの軍事侵略やパレスチナの封鎖に加担してきたとも言えるのです。
ラシード・ハーリーディが述べているように、アラブ世界の人々は国籍に関係なく独裁政権に対する怒りや不満を共有しています。米国のジョン・マケイン議員が「ウィルス」と呼んだ中東の民衆蜂起は、文字どおりアラブ地域全体に「感染」しました。独裁政権が次々と倒れ民主化が進むとすれば、これまでパレスチナ問題の解決を阻んできた勢力の一角が崩れ始めるということでもあります。領土も権利も尊厳も奪われてきたパレスチナ人に、アラブ諸国の蜂起は何をもたらすのでしょうか。(桜井まり子)
*ラシード・ハーリーディ(Rashid Khalidi):コロンビア大学中東研究所所長、Edward Said Professor
字幕翻訳:内藤素子 校正:桜井まり子 全体監修:中野真紀子