マイケル・パウエルの置き土産とネット中立性を守るバトルの再開
この夏、米国ではインターネットの未来を決定する重大な決定が下されようとしています。コムキャスト、タイムワーナー・ケーブル、AT&T、ベライゾンなどの巨大ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)が一致団結してFCC(連邦通信委員会)に圧力をかけ、「ネットワーク中立性」を葬り去ろうとしているからです。
この闘いを率いるのは、全米有線テレビ事業者連盟(NCTA)の会長で元FCC委員長のマイケル・パウエルです。彼はジョージ・W・ブッシュ大統領の国務長官を務めたコリン・パウエル将軍の息子です。パウエル長官といえば、2003年2月5日に国連安保理事会でイラクが大量破壊兵器を保有しているという誤まった報告を行いイラク侵攻への道を開いたことで歴史に記憶される人物ですが、本人はこれを生涯の汚点として後に悔やんでいます。息子のマイケルは当時FCCの委員長を務めていましたが、メディアの所有規制の緩和を企てたものの国民的な反対運動を招いて失敗し、2005年1月に退職した後はケーブル業界最大のロビー団体に天下りしました。今度は「ネット中立性」をつぶすための闘いでリベンジを狙っているようです。
「ネット中立性」というのは、ウェッブ上では誰もが、他の誰にでもアクセスできるという基本的な概念です。どのサイトも差別的な扱いを受けることがないように保証され、ネットユーザーは、どんなに小さな手製のサイトにも、ヤフーやグーグルのような大手ポータルと同じようにアクセスできます。でも巨大ISP企業は、そんな原則を取り払ってネットに「ファーストレーン(高速車線)」をつくり、追加料金を払ったコンテンツやアプリケーションに対しては他より高速でアクセスできるようにしたいと考えています。すでにユーザーからはインターネットを利用する料金をとっているのですが、それだけでは飽き足らず、もう一方の端にいるコンテンツ提供者にも課金したいのです。ネットユーザーにもサイトにも課金して、がっぽりもうけようという魂胆です。
そんなことになれば、資金に恵まれた一握りの巨大な既存コンテンツ企業はネットの「ファーストレーン」の特権サービスを購入するでしょうが、普通のサイトや新規アプリケーションにそんな資金はなく、速度の遅いサービスに甘んじなければなりません。学生の思いつきから始まったハイテク企業の成功なんて話はもう期待できず、新参企業が革新的なサービスでネットを発展させていく時代は幕を閉じます。
現在のFCCでこれを推進するのは、オバマ大統領が任命した新委員長のトム・ウィーラーです。ウィーラーは元NCTAの会長で、その後はワイアレス通信業界のロビー団体を運営していました。あれれ、これって、マイケル・パウエルと入れ替わりになっていませんか? こういうのをリボルビングドアと言いますが、FCCという規制当局は、規制するはずの業界から人材が行ったりきたりしてお手盛りの規制を作る、典型的な業界べったりのお役所なのです。
こんなひどい状態では、一般ユーザーの権利を守るためには大勢の市民を巻き込んだ国民的な運動を起こすしかありません。2003年にパウエルFCC委員長はさらなるメディアの集中統合を許可する規制緩和を進めようとしましたが、マイケル・コップスFCC委員などが中心となって全国的な反対運動が起こり、パウエルは規制緩和提案を引き下げざるを得ませんでした。同じく2011年に連邦議会でSOPA(オンライン海賊行為禁止法)やPIPA(知的財産保護法)などのネット規制法案が提出されたときも、市民やネット企業の大規模な抗議キャンペーンによって阻止されました。これらについては、以下の動画をご覧ください。
・20071022-1メディア系列化容認に動くFCC クロスオーナーシップ 前編
・20071217-5メディア系列化容認に動くFCC クロスオーナーシップ 後編
・20130114-2接続の自由:アーロン・シュワルツのF2C基調講演
・20130114-1アーロンシュワルツはなぜ死んだか?
しかし米国では現在、「ネット中立性」を保障するための法制がありません。FCCは2011年ネット中立性を義務づけるオープン・インターネット規制を定めましたが、即ベライゾンによって訴えられ、今年1月にFCCの規制を無効とする連邦控訴裁判所の判決が下りました。判決は、FCCにはインターネットを規制する権限があることは認めましたが、ブロードバンド・サービスを電気通信事業者と同じように規制することはできないとしています。なぜかというと、ブロードバンド事業の法的な位置づけが、電気通信事業とは別カテゴリーの「情報サービス」になっているからです。マイケル・パウエルがFCC委員長の時代に電気通信事業から切り離したのです。だからブロードバンド業界には、公共サービスとしての厳しい規制を課すことができません。
まずはFCCに対しブロードバンドを電話と同じような公共サービスに分類しなおすように求める必要があります。電話会社にプレミアム料金を支払わなければ通話の品質が落ちるとか、プレミアムの水道料金を払わない家庭には衛生度や品質の劣る水しか供給しないとか、そんなことは公共サービスではありえません。誰もが差別されず同じサービスを受けられるように公共サービスの一環としてブロードバンドも規制すべきです。
米国ではすでに4月の段階で200万人に近い人々がネット中立性の堅持への支持を表明しています。この放送の時点では共闘が難しいかもしれないといわれていた大手ネット企業も立ち上がってくれたようで、7月15日にグーグルやアマゾンなど30社のコンテンツ企業がFCCの新規制提案に反対の立場を表明しています。
FCCは夏場のうちに決定を下すといっていますから、ちょうど今が正念場という感じです。
ゲストのアストラ・テイラーが言うように、大事なのは多くの人を巻き込んでいけるようなわかりやすく、キャッチーな表現です。「ネット中立性」なんてつまらない言葉を掲げても人は集まりにくい。この指摘のみならず、テイラーさんはなかなか面白い視点をお持ちで、新著について語る次のセグメントも、字幕はついていませんが、示唆に富んでいてお勧めです。(中野真紀子)
*マイケル・コップス(Michael Copps) FCC(連邦通信委員会) の委員を10年以上つとめ2012年に引退。現在はメディア改革アドボカシー団体Common CauseのMedia and Democracy Reform Initiativeの顧問。
*アストラ・テイラー(Astra Taylor) 若手の作家、ドキュメンタリー映像作家。新著はThe People’s Platform: Taking Back Power and Culture in the Digital Age. 映像作品は Examined Life: Philosophy is in the Streets や Zizek! など
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字幕翻訳:阿野貴史/ 校正・全体監修:中野真紀子