『分断される米国』: 米国の不平等の実態を検証する新TVシリーズ番組
大統領選挙まで残り5週間という時期に公開されたTVドキュメンタリー・シリーズ『分断される米国』が話題を集めました。5週にわたり放送されたこの番組では、映画やTVドラマ、音楽界など各界で活躍する著名人がトピックごとに登場し、教育、住宅、医療、労働、刑事司法、と多岐にわたる側面から見た米国内にはびこる不平等の実態を検証していきます。
この日のデモクラシー・ナウでは製作に携わった3人のブロデューサー(リック・ローリー、ソリー・グラナスティン、ルシアン・レード)を招いて番組紹介が行われました。デモクラシー・ナウが始まる直前に放映記念イベントに参加したエイミーもこの番組を「画期的な試み」と絶賛。興奮気味にインタビューに臨みました。
予告編では、女優のロザリオ・ドーソンのナレーションで民主主義が脅かされる米国内にはびこる様々な問題を例に挙げ、未来に向けた対話を促す本作のメッセージを呼びかけます。そしてスタジオでのインタビューではまず初めにソリー・グラナスティンが本シリーズを製作するにいたった理由を説明。あとは、各エピソードのクリップ紹介とプロデューサーへのインタビューという形で進みます。
まずヒップ・ホップ・アーティストのコモンが生まれ故郷のシカゴで刑事司法制度を調査すべくクック郡にある米国最大規模の刑務所を訪れるというエピソードを紹介します。ラクアン・マクドナルドという当時17歳の黒人男性が白人警察官により射殺される映像が公表されて以降、シカゴは人種や刑事司法制度をめぐる議論の中心となってきました。そしてその「制度」に携わる、警察・刑務所・州検事などあらゆる職種の人たちがそろって訴えるのが制度自体の破綻と、それに伴い脅かされる市民の安全です。1万人が収容されているというクック郡刑務所は過密性や劣悪環境、そして暴力が問題視されていますが、収容されている人のうち数百人は500ドルの保釈金を払うことができないために2~4年もの間勾留されているそうです。悪循環の元凶は貧困。現状と実態に迫ります。
続いて、女優のロザリオ・ドーソンがミシガン州フリント市を訪れ水質汚染問題に注目します。デモクラシー・ナウでも特集を組んだこの問題は、いまだに決着がつかず、被害は増す一方です。市が飲料水の水源を変更した2014年4月から、じわりじわりと被害が拡大してきました。プロデューサーによれば、大きな問題は二つ。行政による「問題ない」という嘘の発表、そしてもう一つは事件の深刻さを追及することの難しさです。クリップでは、女優のロザリオ・ドーソンが、水汚染によって健康を著しく害された二人の子供を持つフリント市に住む女性へインタビューする様子が紹介されますが、あまりの悲劇に胸が締め付けられます。
次に、薬物依存の問題について、俳優のピーター・サースガードがオハイオ州の刑務所に赴き女性服役囚の話を聞きます。取材が行われたデイトン刑務所があるオハイオ州デイトン市は薬物の過剰服用による死者が最多という都市です。容易に入手可能な鎮痛剤に端を発してまたたく間に依存性の高い薬物に手を出すようになったと話す女性囚たち。経済的困難から、恋人・夫を失いたくないという思いからなど理由は様々ですが、失ったものの大きさや陥ってしまった状況に愕然とする彼女たちの話からは薬物依存の怖さと危険性、そして更生の難しさが伝わってきます。
最後に紹介するエピソードには、人気ドラマ俳優のジェシー・ウィリアムズが登場し、教育の格差について触れます。クリップの中で「人種隔離」というワードが出てきますが、現代にもまだ使われることがあったのかと耳を疑いました。ジェシーが訪れたのはフロリダ州ピネラス地区です。この地区では南部と北部で住む人の人種が違う傾向にありますが、2007年に教育委員会が予算削減を理由に、人種隔離を推し進めることになる遠距離通学用の送迎バス廃止の方針を採用しました。それによりあっという間に多くの学校の教育制度が崩壊し、貧困にあえぐ黒人地区の5校は7年間の間に優良学校から最低以下のレベルに下がってしまいました。予算配分の不公平と時代遅れの「人種隔離」推進により子供たちの未来が奪われる現状を、プロデューサーのリック・ローリー氏は深く嘆きます。
様々な形の格差問題をそれぞれの視点からレポートし、広く伝えようとするこの企画。動画の中でよく聞くのが「これはこの地域だけで起こっていることではない」という声です。全米に同じような問題がはびこり大勢の人々が苦しんでいることがわかります。こうした社会の分断がトランプ大統領の当選の背景にあるようですが、はたして新大統領の登場により、格差問題は解決への道を歩むことができるのでしょうか?(山田奈津美)
*リック(リチャード)・ローリー(Rick Rowley):TYドキュメンタリー『分断されるアメリカ』のクリエーターの一人。Big Noise FilmやIndependent Media Center の共同設立者。2013年の映画『ダーディーウォーズ』はアカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
*ソリー・グラナスティン(Solly Granatstein):『分断されるアメリカ』のクリエーターの一人。エミー賞(9回)、ジョージ・ポーク賞(2回)、ピーボディ、デュポン等、多数の賞を受賞。
*ルシアン・リード(Lucian Read):『分断されるアメリカ』のクリエーターの一人。フォトジャーナリスト、映像監督。2013年にサンダンス映画祭で上映されたオキュパイ・ウォールストリート運動のドキュメンタリー『99%』の監督。
字幕翻訳:デモクラシー防衛同盟
千野菜保子・仲山さくら・水谷香恵・山下仁美・山田奈津美・山根明子
/全体監修:中野真紀子