マイケル・ムーア自らを語る 映画づくりと政治活動(前半)
「ブッシュ大統領、恥を知れ」。罵りと同時にマイクがさがり始め、それまでの満場の拍手がブーイングの嵐にかわる。極めて異例のアカデミー賞受賞スピーチ映像がテレビを通じて世界中を駆け巡ってから、もう7年。1989年の劇場用長編ドキュメンタリー映画『ロジャー&ミー』による衝撃的デビュー以来、多国籍企業の専横と暴力信仰に代表される米国の政治文化と、強欲が支配する現代社会の在り方を一貫して批判し、次々と問題作を発表し続けている映画作家のマイケル・ムーアが、20年にわたる映画人生を振り返る特別インタビュー。
番組では小学校4年生で新聞を創刊したものの学校側の圧力で廃刊処分にされ、それでもめげずに創刊と廃刊を繰り返した、子供時代にはじまるジャーナリストとしての経歴から、「ブッシュ家の一員」に作り方を教わりながら失業中に制作した『ロジャー&ミー』で「黒澤を超え」た、映画デビューに至るまでの数々の秘話。『ボウリング・フォー・コロンバイン』での受賞スピーチがきっかけで受けた数々の暴力的な脅迫と有名無名の人々による激励。ユーモアに溢れる語り口が、満員の会場を爆笑と感動の渦に巻き込みます。
グローバリセーションによる雇用崩壊、異質なものに対する恐怖がおこす暴力の連鎖、巨大資本に牛耳られた双子の「二大政党」が民意を裏切る米国政治、戦争中毒の米国経済と崩壊した医療保険。これまで社会と政治の病理に向けられてきたマイケル・ムーア監督の鋭い視線は今、個々の症例の原因追究から、弱者と地球を食いつくして肥大を続ける資本主義と呼ばれる怪物という、病巣そのものへと向けられています。
そもそも「政治活動家」という言葉は矛盾していて、民主主義国の市民である以上、我々ひとりひとりが政治活動家であるべきであり、全員が活動家であることをやめた時、民主主義は死ぬ、と指摘するムーア監督。メディアを通じた発言にとどまらず、最近は地元ミシガン州で民主党支部を「乗っ取る」独自の活動を展開するなど、「なにが問題なのか」から「どうすれば変えられるのか」に軸足を移すなど、その発言の鋭さと抜群の行動力は、56歳を迎えた今も衰えを知りません。
この文の冒頭で触れた、アカデミー賞の授賞発表式での拍手がブーイングの嵐にかわるその瞬間、ムーア監督は、会場を埋めた映画監督や俳優の多くはブーイングに加わっていなかったことを見逃しません。では批難の声はどこからきこえてきたのか。私たちの耳に届いたあの音がマイクロフォンとミキサーを通じた演出によるものに過ぎないという単純な、しかし根の深い事実に気づく時、新しい視点がうまれるのではないでしょうか。(斉木)
*マイケル・ムーア(Gwynne Dyer) 映画監督、活動家
主要フィルモグラフィー
『ロジャー&ミー』(1989年)
Pets or Meet: The Return to Flint(1992年、国内未紹介、題名直訳『ペットにも食肉にも─フリントに帰る』)
『ジョン・キャンディの大進撃』(1995年、国内劇場未公開)
『ザ・ビッグ・ワン』(1997年、国内劇場未公開)
『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)
TV Nation(テレビシリーズ 1994~1995年、国内未紹介)
『マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人』(テレビシリーズ 1999~2000年)
『華氏911』(2004年)
『シッコ』(2007年)
Slacker Uprising(2007年、国内未紹介、題名直訳『怠け者の反乱』)
『キャピタリズム~マネーは踊る』(2009年)
著作(下記は邦訳のあるもののみ)
『アホでマヌケなアメリカ白人』(柏書房刊)
『おい、ブッシュ、世界を返せ!』(アーティストハウス刊)
『アホの壁inUSA』(柏書房刊)
『マイケル・ムーアへ─戦場から届いた107通の手紙』(ポプラ社刊)
『華氏911の真実』(ポプラ社刊)
『どうするオバマ?失せろブッシュ!』(青志社刊)
個人HPはhttp://www.michaelmoore.com/(英語のみ)
全体監修:中野真紀子